盂蘭盆会の打ち上げ花火ご協力のお願い地蔵寺では水子供養のために、毎年八月十三日の
夕刻より境内の一万四千体の全てのお地蔵さんに
お灯明を灯し、地蔵寺に祀られている水子さんたち
はもとより、祀られていない世の多くの水子さんたち
の諸霊をも招いて、盂蘭盆会を行っております。
平成四年より地蔵寺の地元の有志の方々から、
水子さんたちのために花火を奉納したいとの
お申し出があり、盂蘭盆会に打ち上げ花火が毎年
奉納されています。
昨年も地元の皆さん、「紫雲」の誌友の皆さんや
地蔵寺にご参詣の方々のご協力を頂き、沢山の花火が
一時間に亘って境内で盛大に打ち上げられ、夜空を
美しく彩りました。
今年も地元の実行委員会の主催により、打ち上げ花火が
奉納されることになりました。
盂蘭盆会で地蔵寺に集う多くの水子さんたちをお守り
下さっている初代御住職橋本徹馬先生にも、打ち上げ
花火を楽しんで頂きたいと思っています。
今年も打ち上げ花火の奉納を
一口 千円以上
でご協力を宜しくお願い申し上げます。
紫 雲 山 地 蔵 寺○花火を奉納下さる方は、地蔵寺または紫雲荘へお送りください。
紫 雲 山 地 蔵 寺
埼玉県秩父郡小鹿野町飯田2174
TEL:0494-75-1635 FAX:0494-75-4005
紫雲荘 東京事務所
〒140−0001 東京都品川区北品川4−3−4
TEL:03-3445-4040 FAX:03-3445-4038
参考サイト
紫雲山地蔵寺公式サイトお知らせ紫雲荘発行の月刊『
紫雲』の購読者は地蔵寺の
ご住職に無料で人生問題に関する相談が出来ます。
↓↓↓参加ランキングです
人気ブログランキング FC2ブログランキング
[ 2009/07/04 10:43 ]
その他 |
TB(0) |
コメント(-)
政治家の徳と不徳 地蔵寺初代住職 橋本徹馬
徳ある行いとは宇宙の理法に沿って、
等しく万人を栄えさせる道を行うことです。
従って徳ある政治家とは、己を忘れて万人が栄える
ために心血を注ぎ、その国の良風を起す者を言い、
不徳の政治家とは、自己の権勢欲のために俗悪なる
手段を用いて国家と国民とを毒する者を言います。
政治家は宗教哲学の教養があり、正しい宇宙観、
世界観、人間観を持って、常にその基準に照らして
政治家としての言動を自制しつつ歩むべきであります。
それだけの教養のない人は、人間の尊さを知らず、
人生の目的をも知らず、勿論透徹した文明史観を
持ち得ないことになります。
徳川家康は論語の中に
「政(まつりごと)を為すに徳を持ってするは、
北辰(北極星)のその所にいて、衆星これに向かう
が如し、」とあるのを見て、
「これは面白からぬ文なり北辰の動かずして衆星
これに向かうが如くに、徳を以って天下を治める。
その徳とはどのようなことだと書きたいのだろうか」
と言われたとあります。
流石に徳川三百年の始祖だけの偉さと思うのです。
徳川家康は兵馬(戦争)の間に青壮年の時代を送った
人であるのに、なおこれだけの心得を持っています。
近代の日本の政治家で「徳とは何ぞや」の疑問と
取り組んだ人が幾人いるでしょうか。
哲学宗教の深い教養から来る世界救済案を明示する
のが、日本の政治家の役割だと信じるのです。
お知らせ紫雲荘発行の月刊『
紫雲』の購読者は地蔵寺の
ご住職に無料で人生問題に関する相談が出来ます。
参考サイト
紫雲山地蔵寺公式サイト↓↓↓参加ランキングです
人気ブログランキング FC2ブログランキング
[ 2009/06/24 20:33 ]
その他 |
TB(0) |
コメント(-)
四月末に長崎県のKYさん(五十歳)より
電話が入りご相談を受けました。
〜中略〜
KYさんの言われるには、みぞおちに症状
があって、背中にも痛みがあるので「祈りに
よって痛みや症状が消える方法」で拝んで確認
したところ、症状の変化でご主人の三代上の曾祖母
さまが“生前の夫の女性問題・その他”について
夫に対して憤りの気持ちを持っておられることが
分かり、その思いを解くようにお慰めしてお経
をあげたら、痛みが軽くなったそうです。
「然しまだ少し痛みが残っているので、曾祖母さまが
更に何を伝えているのかが分からないのでお電話
しました」
とのことでした。
みぞおちの裏側で背骨の真ん中の所がまだ痛いとの
ことでした。
人間の身体はどこにその症状が出るかによって
誰の訴えが出ているかが分かる場合が多いです。
背骨の真ん中に痛みが出るのは、一代上の訴えで
、父親、母親、舅さん、姑さんの訴えが出ることが
多いです。
なおK家に関しては、ご主人の親御さんがまだ
健在ですので、家系の因縁の出方は「ご両親を基準
として」ということになります。
それ故、背中の真ん中の背骨の痛みというのは、
ご主人のお父上から見てその一代上の父親または
母親の訴えのはずですが、
KYさんが曾祖母からの訴えと言われました
ので、まだ残っている症状については代が違う
のではないかと思いながらも、一応拝んで確認
してみました。
〜中略〜
お経をあげ終わって、「症状はどうですか。
軽くなりましたか」とお尋ねしますと。
「変わってません」とのことでした。
そこで申し上げましたのは、
「では、お父様の一代上、あなた方ご夫婦から
すると二代上の方の訴えが出ていると思います
から拝んで確認してみましょう」と申し上げて、
〜中略〜
般若心経をあげました。
その後で、「痛みは如何ですか」とお尋ねしますと
、「痛みが軽くなりました」と言われました。
「やはりお父様から見て一代上の方の訴えですね。
では、お父様から見て二代上のお祖母様が夫に対する
憤りの気持ちを訴えておられたということですから、
お父様の一代上のお母様、KYさんご夫婦から言うと
二代上のお祖母様も同じ事を訴えていると思えるので、
拝んで確認してみましょう」と申し上げて、
〜中略〜
般若心経をあげました。
お経をあげ終わって、「症状はどうですかとお尋ね
しますと、「痛みが消えています。有り難う
ございました。意味が分かりました」と仰いました。
背骨の真ん中に出ている症状は、舅さんや姑さん、
実の父や母の訴えが出るものであります。
この場合は、KYさんご夫婦の親御さんが健在ですので、
親御さんを基準として、その一代上の方の訴えでした。
高齢のご夫婦どちらかが健在ですと、まだ
その方の代ということであり、その方を基準として
判断するという実例でした。
お知らせ紫雲荘発行の月刊『
紫雲』の購読者は地蔵寺の
ご住職に無料で人生問題に関する相談が出来ます。
参考サイト
紫雲山地蔵寺公式サイト↓↓↓参加ランキングです
人気ブログランキング FC2ブログランキング
お知らせ紫雲荘発行の月刊『
紫雲』の購読者は地蔵寺の
ご住職に無料で人生問題に関する相談が出来ます。
本日は去る五月二日に地蔵寺の本堂で朝の法要のあと
月刊『紫雲』読者の方がご住職さまに「腰の症状]
について相談されたときの様子をご紹介致します。
思いを解くように供養する五月二日に地蔵寺の本堂で朝の法要のあと
東京都のHKさん(四十二歳)より、
一ヶ月ほど前から何が原因だか腰に痛みが
出て、今も痛みがあるというご相談を受け
ました。
HKさんは長男です。
「腰のどの部分ですか」とお尋ねすると、
背中を向けてベルトの少し上の所を指して
「ここです」と言われました。
「そこは重いものを持ち上げると一番力の
加わるところですか」とお尋ねしますと、
「そうです」とのことでした。
「その部分に特に理由なくして、またはぶつける
などして、痛みが出た場合、亡くなっている誰かが
“生前仕事が辛かった。重いものを持つ仕事で
辛かった”という思いを伝えてきていることが
多いですが『祈りで起きる奇蹟』(紫雲荘発行)
に書いてある“祈りによって痛みや症状が消える
方法”を使って、誰の訴えが出ているかを拝んで
確認してみましょう」と申し上げて
〜中略〜
と言葉に出して祈り般若心経をあげました。
お経が終わったところで「腰の痛みは減りましたか」
とお尋ねしますと、HKさんは椅子から立ち上がって
身体を動かしてみて、
「痛みは減りましたが、まだ痛みが少しあります」
とお返事されました。
「ではH家の方の重いが出ているはずです。
次にどの代の方の訴えが出ているかですが、
お父さんがご健在ですから、お父さんから見て
二代上の方を拝んで確認してみましょう」
と申し上げて
〜中略〜
お経をあげました。
お経をあげ終わって、
「腰の症状はどうですか」と尋ねしますと、
また立ち上がって確認して、「軽くなりました」
とお返事されました。
「そうですか。ではあなたから見て三代上の
誰かの思いが出ているということですが、
まだ症状は少し残っていますねとお尋ねしますと
「まだ少しあります」と言われました。
「では、“仕事が辛かった。重いものを持って
辛かった”ということを女性の方が訴えてくる
ことが多いので、三代上の曾祖母さまのことを
拝んで確認してみましょう」
と申し上げて、
〜中略〜
お経をあげました。
お経を終えた後で、「腰の症状をみてください」
と申し上げますと、HKさんは立ち上がって
様子を見て「軽いです」と言われました。
「痛みがあるならば、まだ誰かの訴えが出ている
ということですが、症状はどうですか」とお尋ね
しますと、「痛みはないです」とお返事されました。
「ではこのことについてしばらくの間、曾祖母さま
をお慰めし、曾祖母様の辛かったという思いを
解くようにして、特に曾祖母様のために
毎日般若心経を一巻あげて成仏をお祈りしてください」
と申しあげました。
参考サイト
紫雲山地蔵寺公式サイト↓↓↓参加ランキングです
人気ブログランキング FC2ブログランキング
本日はO氏から頂いた書籍情報です。
明治10年代の日本人碩学・森銑三氏の「風俗往来」を読み始めました。
巻頭に、モースの「日本滞在記」の抜粋がありました。
先日のシュリーマンの「日本発見」と全く同様で、
“古き良き日本”の観察証言です。
イー・エス・モースは明治10年に来日した米国博物学者で、
大森貝塚の発見者として知られている。
ラフカディオ・ハーンに見る如き誌的冥合はないけれども、
明治以後来日した外人の中で、
最もよく日本を見た1人というべきである。
モースは今日の言葉でいう、
人種的偏見を持ち合わせていない。
文明国人の陥りやすい知的偏見にも没交渉である。
下関海峡を通過しては、「4大国が要塞と町を砲撃し、
続いて3百万ドルを賠償金という名目で盗み、
この国民を酷い目に合わせた事を考えた私は、
いわゆる文明民族なるものを恥ずかしく思った」といい、
鹿児島における英艦砲撃事件を回顧しては、
「これは友人が警告したにもかかわらず、
薩摩の大名の行列に闖入して殺された、
一人の高慢きわまる英国人の、
仇をとるためにやったことなのである」という。
こういう言葉が人種的偏見に充ち満ちた
白皙人種から出るのは不思議なような気がする。
モースの日本観察は巻中に挿入されたスケッチと
共にかなり多方面にわたっている。
ここにこの書を持ち出したのは、モースの記事中に
以下の如きものが散見するのを閑却し難いためである。
「大学を出た時、私は人力車夫が4人いる所に歩み寄った。
私は、米国の辻馬車屋がするように、彼らもまた競って
私の方に駆けつけるかなと思っていたが、事実はそれに反し、
一人がしゃがんで長さの異なった麦藁を4本拾い、
そして籤を引くのであった。運のいい一人が私を乗せて
停車場に行くようになっても、他の三人は何ら嫌な感情を
示さなかった。
汽車に間に合わせるために、大急ぎしなければ
ならなかったので、途中、私の人力車の車輪が前に行く
人力車のコシキ(車輪の車軸が集まったところ)にぶっつかった。
車夫達はお互いに邪魔した事を微笑で
詫び合っただけで走り続けた。
私は直ぐに、わが国でこのような場合に
必ず起こる罵詈雑言とを比較した」(横浜と東京)
「外国人は日本に数ヶ月いると、徐々に次のようなことに
気づき始める。
即ち彼は日本人に全てを教える気でいたのであるが、
驚くことには、また残念ながら、自分の国で人道の名に於いて
道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、
日本人は生まれながらにして持っているらしいことである」(同)
「今日の午後、私はまた博覧会へ行き、
そこに満ちた群集の中を、歩きながら、財布を
押さえ続けたりしないで歩き得ること、
洋傘をベンチに置いておいて、一時間経って帰ってきても
まだ洋傘がそこにあるに違いないと思うことが、
如何にいい気持ちであるかを体験した。
『草を踏むべからず』とか『掏りにご用心』とかいうような立札は、
何処にも見られぬ」(東京における私生活)
「私は見知らぬ土地を、
付き添う人なしで歩く自由と愉快を味わいつつ、
仲間から遥か前方を進んでいた。
非常に渇きを覚えたので小屋の一つで立ち止り、
瓜を一つ買い求めようと思ったが、
店番をする者もいないし、また近所に人も見えぬので、
谷田部が来るまで待っていなくてはならなかった。
やがてやってきた彼は、店番は朝、瓜とお釣りを入れた箱とを
そこに置いたまま、田へ仕事に行ってしまったのだと説明した。
私はこれが我が国だったら、
瓜や釣り銭のことはいう迄もなし、
この壊れそうな小屋が、どれほどの間壊されずに
立っているのだろうかと、疑わざるを得なかった。
(函館及び東京へ帰還)
「火葬場への往復に我々は東京のもっとも貧しい区域を、
わが国の同様な区域が開いた酒場で混雑し、
乱暴な言葉で一杯になっているような時刻に車で通った。
もっとも行儀のいい英蘭の村でも、
ここの至る所で見られる
静けさと秩序とには敵わぬであろう。
これ等の人々が、全て法律を遵守することは、
確かに驚くべき事実である。
ボストンの警視総監は、わが国を脅かすものは、
若い男女の無頼漢であるといった。
日本にはこんな脅威は確かに無い。
事実、誰でも行儀がよい」(東京に関す覚書)
これは書中から手に任せて採録したものである。
丹念に拾い出したら、よほどの数に上るであろう。
白人の眼に映じた明治初年の日本は,
東洋の野蛮国でないまでも、未開国ではあった。
その未開国の中に、かくの如き感心に値する
風俗を発見したのは、恐らくモースにとっても
意外な事実だったに相違ない。
明治以来の洋行者、またそれに追随する西洋崇拝者は、
口癖のように西洋を褒めて、日本人の文明的道徳に
乏しい事を非難した。モースは又、こういう事も書いている。
広島から岩国に行く時、懐中時計と金とを預かって
置いてもらいたいというと、
旅館の召使は「蓋の無い、浅い塗盆」を持って来て、
これへ入れさせたなりで済ましている。
モースの考では当然主人のところへ持って行って、
何らかの方法で保護するのだろうと思ったから、
主人を呼んで聞いてみた。ところが主人の返事は、
「ここに置いておいても絶対に安全であり、
彼はこれらを入れる金庫も、他の品物も持っていない」
というのであった。
未だかって日本中の如何なる襖にも、
鍵も閂も見たことがない事実からして、
この国民が如何に正直であるかを理解した私は、
この実験を敢えてしようとし、恐らく私の留守中に
何回か客も入るであろうし、
また家中の召使でも投宿客でも楽々と
り得るこの部屋に蓋の無い盆に銀貨と紙幣で80ドルと
金時計とを入れた物を残して去った。
我々は一週間にわたる旅をしたのであるが、
帰って見ると時計は言うに及ばず、
小銭の一銭に至るまで、
私がそれらを残して行った時と全く同様に、
蓋の無い盆の上にのっていた。
米国や英国の旅館の戸口に貼ってある、
印刷した警告や訓警の注意書きを思い出し、
それをこの経験と比較する人は、
いやでも日本人が生得正直であることを認めざるを得ない。
しかも私はこのような事例を,沢山挙げることができる。
日本人がわが国に来て、
柄杓が水飲み場に鎖で取り付けられ、
寒暖計が壁にネジで止められ、
拭いが階段に固着してあり、
あらゆる旅館の内部では石鹸やタオルを
盗む事を阻止する方法が
講じてあるのを見たら、
定めし面白がることだろう。
文明的道徳とは泥棒に対する警戒に在るのではない。
西洋崇拝者は、ここにモースが挙げた両者のいずれを
文明的道徳に適えりとするのであろうか。
もし、文明とは・・・その後の日本が経験したよう・・・
かかる醇風美俗を破壊して、錠前と合鍵との相関的発達を
促すものだとすれば、一向尊重するに足らぬものである。
我等はモースの記載によって如実に往年の醇風美俗を見た。
しかも、この醇風美俗にして今日に伝わるもの、
果たしていかであるかを思う時、
今更ながら長大息を発せざるを得ぬ。
↓↓↓参加ランキングです
人気ブログランキング FC2ブログランキング
天徳より切り離されて
地徳のみでは治まらぬ地球次に須佐之男命に「海原を知らせ」と事依さし
(言葉をもって依頼し又は委任すること)
給うたのは、須佐之男命に
「地球の司配者として、地球の霊魂として、地球を
治めろと」と宇宙創造のイザナギノ大神が御命令に
なった事であります。
「海原」を地球だというのは、
私が『生命の謎』(新選谷口雅春選集18)の本の中に
詳しく説明して置きましたように、地球創造の
当初には、全地の表面が悉く海であったのが、
地球の冷却と共に水分が地下に浸潤して表面が乾いて
きた来たから陸地があらわれて来たのでありますから
地球創造の当初に於いて其の司配者たる“地球の霊魂”
とも称すべき神を定める頃には、地はまさしく「海原」
だったのであります。
それで須佐之男命に「海原を知らせ」と仰(おお)せら
れたのであります。
このようにして、天照大御神、月読命、建速須佐之男命
の三貴神の分担が確定いたしましたけれども、天照大御神
(霊の霊なる神ーイザナギノ命の光足の眼より出生の神)
の霊から切り離されたる単なる「土」又は鉱物としての
地球(唯物論的世界)に於いては幸福生活はありようは
ないのであります。
そこで、その生活の行き詰まりから来る自壊作用、
自浄作用、住吉大神の禊払いの作用として惨憺たる状態が
現出したのであります。
そのことが、『古事記』には次のように書かれているので
あります。
“故、各依(かれおのもおのもよ)さし賜える命の
隨(まにまに)、知(しろ)し看(め)す中に、
速須佐之男命、命(よ)さしたまえる国を知らさずて、
八拳須心前(やつかひげむなさき)に至るまで、
啼きいさちき。其の泣きたまう状(さま)は、
青山を枯山如(からやまな)す泣き枯らし、
河海(うみかわ)は悉に泣き乾(ほ)しき。
是(ここ)を以って、惡神(あらぶるかみ)の音(おとない)
狹蝿如(さばえな)す皆湧き、萬物(よろずのもの)の
妖(わざわい)悉(ことごと)に發(おこ)りき。
故(かれ)伊邪那岐大御神、速須佐之男命に詔(の)り
たまわく、何由(なに)とかも汝(みまし)は、事依させる
国を治らさずて、哭(な)きいさちるとのりたまえば、
答白(もう)したまわく、僕(あ)は妣(はは)の
國根之堅州國(くにねのかたすくに)に罷(まか)らんと
欲(おも)うが故(ゆえ)に哭(な)くともうしたまいき。
爾(ここ)にイザナギノ大御神大(いた)く忿怒(いか)らして、
然らば汝此の国にはな住みそと詔りたまいて、乃(すなわ)ち
神(かむ)やらいにやらい賜いき。”
<須佐之男命御啼きいさちの段(くだり)>
“天徳”から切り離された“知徳”、天照大御神から
切り離された速須佐之男命、霊的な内部生命から
切り離された唯物的世界観の生活、それが“地球の霊魂”
ともいうべき速須佐之男命の生活でありまして
このような生活には何の希望もなければ、理想もない
から、大東亜戦争終結直後の日本の青少年がやけくそ
になってヤクザの生活に陥っていったように、生活が
みだれて統一がつかない状態になったのでああります。
これが『惡神の音、狹蝿如す皆湧き、萬物の
妖悉に發りき』であります。
そこで地球上の人類の生活が混乱をきわめる状態
になったものでありますから「何故そのように地上を
治めないで、泣いてばかりいるのか」とイザナギノ大神
がおたずねになりますと、須佐之男命は、
「私は母のいられる根之堅州國に往ってしまいたいから
泣いているのです」と答えたというのであります。
霊(天照大御神)から切り離された唯物論的世界には
幸福のありようはありません。
『妣(はは)の國根之堅州國(くにねのかたすくに)』
というのは“妣(はは)”はイザナミノ神であり、
イザナミノ神は“黄泉大神(よもつおおかみ)”
と称せられて“冥途の國”の神でありますから、
“母の國に行きたい”というのは、
「もう、こんな唯物論の世界では生き甲斐が
感じられないから死んでしまいたい」という意味で
あります。
そうすると伊邪那岐大御神は大変お怒りになりまして、
「もうお前は地球に居るな」と仰せられたのであります。
ここに須佐之男命は、大決心をして天上へ舞い昇りて
給うて、天照大御神の神霊を受霊(うけひ)して
地上に天の霊を受け、地上最初の人類をお生みになる
ことになるのであります。
世界平和の祈り
神の無限の愛、吾(われ)に流れ入りて、
愛の霊光燦然(れいこうさんぜん)と輝き給う。
その光いよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、
すべての人々の心に愛と平和と
秩序と中心帰一の真理を満たし給う。参考サイト
生長の家宇治別格本山 神癒祈願喜びの礼状
幸福への出発 生長の家のラジオ番組
↓↓↓参加ランキングです
人気ブログランキング FC2ブログランキング
天津日嗣の意味するものイザナギノ大神は宇宙創造神の大神であられますから
その大神から「天津日嗣の霊的伝承」を伝えられた
ということは、宇宙創造神の御心をつたえられたことで
ありまして、その天照大御神から
瓊々杵尊(ににぎのみこと)→神武天皇→歴代の日本天皇
と連綿として霊統がつたわるということは、日本天皇の
「国を治め給うあり方」が、宇宙創造神のみこころを
そのままに伝承して国を治め給うということになる
のでありまして、これは神話でありましても、古代の
日本民族が、日本天皇の“在り方”をそのように
霊的直感によって感得してそれを物語的に表現したので
ありますから、依然として尊いのであります。
しかし、この段(くだり)では、まだ天照大御神は、
高天原即ち実相世界の司配者であらせられるだけで
あって、地上にその霊嗣(ひつぎ)が降(くだ)って
いないのであります。
御倉板擧(みくらたな)とその御頸珠(みくびたま)を
称したのは“御倉”(みくら)は“高御座”(たかみくら)
であり、“板擧”(棚)は“あり場所”であり、
高御座の在り場を表象するのが、この御頸珠(みくびたま)
だというのであります。
天照大御神の神霊が太陽系宇宙を司配せられる時は、
太陽の霊として万物を生かす力があらわれていられる
ので、太陽神として吾々は受け取らして頂くので
あります。
“次に月読命(つくよみのみこと)に詔(の)りたまわく、
汝(な)が命(みこと)は夜之食国(よるのおすくに)を
知らせと、事依さしたまいき。
次に建速須佐之男命に詔りたまわく、汝(な)が
命(みこと)は海原を知らせと、事依さしたまいき。”
「以上、三柱(みははしら)の貴(うず)の御子
御事(みこみこと)依(よさし)の段(くだり)」
月読命の御使命については、月を機関として夜の世界を
司配せられる御役目であり、地上の潮の満ち干や気候の
変化等に隠れたる色々の御徳を発揮せられるのであります。
太陽暦が成立しますまでは、月(太陰)を中心とした暦
すなわち「太陰暦」というのを我々日本では用いていたの
でありまして、農漁村の日常生活には、今でも太陽暦
よりも太陰暦の方が実際に当て嵌まるとして珍重されて
いる位に、月の御ハタラキというものは地球に対して
影響をあたえていることは明らかなのでありますが、
この御ハタラキが月を機関としての月読命の御徳の
あらわれであると考えてよろしいのであります。
世界平和の祈り
神の無限の愛、吾(われ)に流れ入りて、
愛の霊光燦然(れいこうさんぜん)と輝き給う。
その光いよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、
すべての人々の心に愛と平和と
秩序と中心帰一の真理を満たし給う。参考サイト
生長の家宇治別格本山 神癒祈願喜びの礼状
幸福への出発 生長の家のラジオ番組
↓↓↓参加ランキングです
人気ブログランキング FC2ブログランキング